低侵襲の治療
低侵襲医療とは、検査・治療においてできる限り患者さんの身体への影響を減らした治療法です。
ここではその中から抜粋した治療についてご紹介いたします。
局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術(保険適応)
治療のメカニズムを簡単に説明します。リンパ節郭清後のリンパ管内圧は、100mmHg以上に上昇すると言われています。対して正常な皮下静脈内圧は10mmhg以下です。リンパ管と静脈を直接吻合すると、リンパ管内圧と静脈圧の間で圧較差が生じ、異常に上昇したリンパ管内圧は、静脈圧近くまで降圧できると考えています。これまで行われてきた保存療法が対症療法であったのに対し、LVAはリンパ管内圧の上昇というリンパ浮腫の病態に直接働きかける、本質的な治療といえます。
また、しっかりとしたバイパス路が作成できた症例に関しては、術後にリンパドレナージや、弾性ストッキング着用を行う事で、これまで以上に浮腫軽減効果が出てきます。局所麻酔による低侵襲手術に進歩してきたことで、90才以上の患者さんも問題なく手術を受けています。 手術時間は2~3時間、入院期間は4~7日間程度になります。
局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術の実際(英語版)
ナレーション和訳
術前にインドシアニングリーン(ICG)リンパ管蛍光造影法および、皮下静脈同定装置(StatVeinTM)を用いて、リンパ管と静脈の同定を行います。その後、皮膚切開部を決定後、局所麻酔下にて手術を行います。最初に出てくる左側の白い物体は術者の人差し指です。比べてもらうとわかりますが皮膚切開は1-2cmで、皮下脂肪の中から集合リンパ管を見つけ出します。この白色透明の管がリンパ管です。続いて皮下静脈を探し出します。
リンパ管内はリンパ液で充満しており、白色を呈しています。静脈の中は血液が通っているため赤色をしております。手術用顕微鏡を用いて0.5mm前後のリンパ管と静脈を世界最小の12-0ナイロン糸を用いて吻合していきます。 糸の太さは髪の毛の10分の1程度です。4針から5針程、全周性に縫合していくことで吻合が終了します。 吻合後は、リンパ流がきちんと静脈に流れ込んでいることを確認します。 赤色の静脈は、リンパ液が流れ込むことによって白色に色が変わっていきます。最後は閉創して手術終了します。
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当外来における治療プロトコール
最初にリンパシンチグラフィやICGリンパ管造影でリンパ浮腫の確定診断、残存するリンパ管機能診断を実施した後、リンパ機能が残存している症例に対しては局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術(LVA)を実施します。術中に良好なバイパス路形成を確認できた症例は、最終的には年2~3回の外来通院や、浮腫所見を診ながら中圧や弱圧ストッキングへの変更、場合によってはストッキングフリー(※強圧弾性ストッキング常時着用からの離脱)を提案します。但し、治療後の経過が良い場合でも、リンパ機能が完全に回復したわけではないため、定期受診は必要となります。
代表症例(右乳がん術後の上肢リンパ浮腫)
12年前に右乳癌に対して乳房切除術、リンパ節郭清術、放射線治療術を行われました治療後から、右上肢のリンパ浮腫が出現し、保存療法を実施するも徐々に増悪。ここ数年は月1回程度の蜂窩織炎(40℃程度の発熱)が頻発している状態で、社会生活を送ることが大変難しい状態でした。当科診療チームにおいて、局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を行い、術後は浮腫の改善に加えて、蜂窩織炎もほぼ消失しました。
( 参考文献 )
Mihara M et al. Upper-limb lymphedema treated aesthetically with lymphaticovenous anastomosis using indocyanine green lymphography and noncontact vein visualization.
J Reconstr Microsurg. 2012 Jun;28(5):327-32.
代表症例(婦人科癌術後の下肢リンパ浮腫)
18年前に子宮頚癌に対して広汎子宮全摘術、リンパ節郭清術、放射線治療術を行われました。治療後から、両下肢リンパ浮腫が出現し、保存療法を実施するも徐々に増悪。ここ数年は年4回程度の蜂窩織炎(40℃程度の発熱)が頻発し、また、リンパ漏が下腿裏面や大腿内側から持続している状態で、社会生活を送ることが大変難しい状態でした。当科診療チームにおいて、2回の局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を行い、術後は浮腫の改善に加えて、蜂窩織炎、リンパ漏は消失しました。
( 参考文献 )
Mihara M et al. Combined conservative treatment and Lymphatic Venous anastomosis for severe lower limb lymphedema with recurrent cellulitis.
Ann Vasc Surg. 2015 Jul 2.
リンパ浮腫に伴う痛み(乳房後疼痛症候群等)
40代女性。2年前に左乳癌を発症し、乳腺全摘、腋窩リンパ節郭清術、放射線治療、タキサン系の化学療法を施行されました。1年後に左上肢リンパ浮腫を発症し、左上肢全体、前胸部、背中に強い痛み(VAS8)が生じ、日常生活が困難になりました。また腋窩にリンパ漏を認めていて、1日数回のガーゼ交換が必要であった。リンパシンチ検査にて痛みと一致した部位に皮膚逆流所見(dermal backflow)を認め、リンパ浮腫と痛み(乳房切除後疼痛症候群)に相関性を有していると判断しました。
局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術の術後2週間で、上肢の張りが減少し、術後3ヶ月で肩から上肢にかけての痛みは軽減し、日常生活はほぼ問題なく過ごせる状態まで回復しました。 (注)乳房切除後疼痛症候群に対する、本治療の効果は個人差があります。
リンパ嚢胞に対する治療
40代女性。子宮頚癌に対して、子宮摘出及び骨盤内リンパ節郭清術が施行されました。術後CT検査にてリンパ嚢胞が確認され、嚢胞の感染により、頻回な発熱症状を呈していました。ICGリンパ管造影検査にて、リンパ嚢胞内の貯留液と下肢リンパ流に関係性を認めたことから、局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を両下肢に行いました。術後1年目のCT検査にて嚢胞が消失していることを確認しました。
( 参考文献 )
Mihara M et al. Lymphatic-venous anastomosis for the radical cure of a large pelvic lymphocyst.J Minim Invasive Gynecol. 2012 Jan-Feb;19(1):125-7.
リンパ漏に対する治療
40代男性。外傷後に右下腿にリンパ漏(リンパ液の滲出)が出現。数ヶ月の軟膏治療を行うも、多量の浸出液の排液は継続し、徐々に潰瘍が拡大しました。ICGリンパ管造影検査にて、リンパ漏と右下腿リンパ流に相関を認めたことから、局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を足背及び下腿遠位に行い増した。術後2週間の段階で、浸出液はほぼ無くなり、2ヶ月後には傷は完全に治癒しました。
( 参考文献 )
Mihara M et al. The effect of lymphatico-venous anastomosis for an intractable ulcer at the lower leg in a marked obese patient.Microsurgery. 2014 Jan;34(1):64-7.
Mihara M et al. Low-invasive lymphatic surgery and lymphatic imaging for completely healed intractable pudendal lymphorrhea after gynecologic cancer treatment. J Minim Invasive Gynecol. 2012 Sep-Oct;19(5):658-62.
顔面リンパ浮腫に対する治療
50代男性。複数回の顔面及び頸部の癌に対して、切除術、頸部リンパ節郭清、放射線治療を実施しました。癌治療後から徐々に顔面の浮腫が悪化し、保存療法(圧迫治療・ドレナージ治療)を行うも症状は改善しませんでした。ICGリンパ管造影検査にて、顔面及び頸部のリンパ機能が残存していることから、局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を実施しました。術後、浮腫は改善し、余剰皮膚切除を切除(face lift)を行い、治療を終了しました。
( 参考文献 )
Mihara M et al. Lymphaticovenous anastomosis for facial lymphoedema after multiple courses of therapy for head-and-neck cancer. J Plast Reconstr Aesthet Surg. 2011 Sep;64(9):1221-5.
その他の外科治療に関して(リンパ節移植術・脂肪吸引術等)
当科では、リンパ機能が低下した患者さんに対して、全身麻酔下のリンパ節移植術や、局所麻酔下または全身麻酔下の脂肪吸引術も行っております。治療適応は、ICGリンパ管造影法や、MRIリンパ管造影、リンパシンチグラフィ検査にて判断します。
本治療は身体への負担・リスクがやや大きいため、術前の精密検査(リンパシンチグラフィ・インドシアニングリーンリンパ管蛍光造影法等)が大変重要となります。
代表症例(リンパ節移植術とリンパ管静脈吻合術の組み合わせ治療)
当科では、患者さんの病態に合わせて、リンパ節移植術とリンパ管静脈吻合術を組み合わせた治療を提供します。組み合わせを行うことで、それぞれの治療法のメリットを最大限に活用し、リスクを最小限に抑えることができてきました。
50代女性。子宮頚癌術後に両下肢リンパ浮腫が出現しました。局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を実施したところ、一時的に改善したのですが、再度悪化してきました。
リンパシンチグラフィ検査を実施したところ、右下肢のリンパ機能は著しく低下、左下肢のリンパ機能は中程度に低下していました。そのため、右下肢にはリンパ再生を目的としたリンパ節移植術を、左下肢にはリンパ管静脈吻合術を前麻酔下に行いました。術後、両下肢共に浮腫は改善し、経過は順調です。リンパ浮腫採取部位においてもリンパ管静脈吻合術を実施しており、浮腫の発生は認めていません。
( 参考文献 )
Mihara et al. Case report: a new hybrid surgical approach for treating mosaic pattern secondary lymphedema in the lower extremities. Ann Vasc Surg. 2014 Oct;28(7):1798
代表症例(脂肪吸引術とリンパ組織移植術の組み合わせ治療)
当科では、患者さんの病態に合わせて、脂肪吸引術とリンパ組織移植術やリンパ管静脈吻合術を組み合わせた最新の治療法を提供します。これまで対症療法とされてきた脂肪吸引術ですが、組み合わせ治療を行うことで、根治的な治療となってきました。
50代女性。2回の局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を行うも、元来のリンパ機能の低下により、浮腫の改善がみられませんでした。そのため、脂肪吸引の技術を応用し、皮下脂肪内の瘢痕組織を除去、及び、正常部位(右下腹部)からのリンパ組織移植術を行いました。術後、浮腫は改善し、経過順調です。
( 参考文献 )
Mihara M et al. Modified lymph vessel flap transplantation for the treatment of refractory lymphedema: A case report. Microsurgery. 2015 Mar 6
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